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カテゴリー「ウルトラマンティガ」の記事

静岡銀行のウルトラ金利

静岡銀行インターネット支店の 「ウルトラ金利」の広告が
どうしてウルトラマンティガなのか、しばらく考えてしまいましたが……
金利が 0.33% だからティガなんですね。

それにしても「金利」のロゴがすごいな。

静岡銀行のウルトラ金利 円貨定期預金 1年・3年もの年0.33%(期間限定)
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【ウルトラマンティガ】のお絵描き。

全方位美人のティガ  heart01

Tiga2

ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY

やっぱり(笑)。超古代人類と巨人の関係が本編と違うのが?。それより私としては、ダイゴとレナの関係が本編の繰り返しみたいで進展がないのが?。あれ以上どないせえゆうねんという気もしますが。でも、結局ダイゴがレナに何も話さずに戦いに行っちゃうってのはなあ。

その点以外は、絵がきれいで、迫力満点で、物語としてもまとまっていたし、楽しかった。なんといってもティガの感動の美しさ!悪のウルトラマンたちもワルそうなのにカッコイイ!でも、超古代文明がなぜ滅びたかより、ティガとユザレとカミーラとレナの四角関係?が気になってしまう。まじめそうな顔してティガってなにげに罪つくりな男だったんだわ(違)。

いや冗談はさておき。女のウルトラマンなんてイロモノかキワモノと思われているのかもしれませんが、私はカミーラのおかげで感情移入できたと思います。なんといってもカミーラは(ティガには及ばないものの)綺麗な姿をしています。こう言ってはなんですが、私にとっては、本家光の国の女性たちより納得できる容姿でした。ま、時代が違いますからね。

だいたい、大の男が3人「裏切り者!」などと言ってティガに戦いを挑んだのではうっとおしいでしょう。闇の力に呑まれてしまった巨人なんて情けないと思われても仕方ないけれど、ティガに恋をして、それで心に迷いが生じて闇の力につけ込まれたと思えば私は納得できました。ま、記憶がないのをいいことに、いい人なダイゴを困らせる言い回しをしている可能性もあるとは思いますが・・・。

だから、あの妖怪変化のような怪獣になってしまうのはカンベンしてほしかったなあ。いかな嫉妬に目がくらみ、数千年の愛憎を飼っていたと言っても、あれはちょっとなあ。いくらティガをべしべし引っぱたいたところで、ティガはガッツウイングをかばうばかりで、そんなことしたって自分が惨めになるだけだよーと勝手な声援?を送っていただけに、あーあーやっちまったよーな気分になりましたね。まあ絵的な迫力はスゴイんですけれどね。

結局、多くの巨人たちは人類に干渉せず、黙って去っていったのだけれど、中には人類と運命をともにしようとした少数のものもいて、その中には人を救う力を得ようとして光を得たものも、闇に呑まれたものもいたのだ、程度にしておけばそれなりに納得できたのにという気はします。(あの巨人たちが大量に出てくる戦闘シーンだけなかったことにすればね。)

そうすると、カミーラやヒュドラやダーラムが生粋の巨人族の選択として力を得ようとしたのか、なんらかの形で人間と意志を分かち合っていたのかというのが、私にはかなり気になるところです。人が力を欲して惑い、巨人が人を愛して迷うとすれば、その先はないのかということです。ヒュドラとダーラムに人格がもうちょっとあれば、推測が可能だったのではないかと思うのですが。ダイゴとレナをその答えとするには、この話はちょっと趣旨がずれているような気がします。

それは私が、ダイゴは巨人の力を得たけれど本来は人間だと思いたいためもあります。巨人や超古代人の遺伝子が、という設定は、解釈によってはダイゴもイルマも現代の人間に属さない部分で特別なのだという捉え方も出来てしまい、誰もが光になれるといってもらった後ではちょっとつらいなあと。レナになにも話さずに行ってしまうダイゴが人間より巨人の側に属するように見えてしまう。ま、この設定は本編でもでてきたのですが、気分的にはあまり納得できない部分なんですね。

ということで、見ている間は楽しかっただけに、これはやっぱり本編と無理につなげようとしないで、単独で楽しんだほうがいいのかなあと、理屈より迫力を選択したのかなあと、それは賢い?選択かもしれないなあと、思った次第でした。

【ウルトラマンティガ】 49~52話 感想

一話ずつおちついて見るつもりが、さいごの3話一気に見てしまった。途中でやめられないですよコレは。
なんというか、ここに自分ごときが何を付け加えることがあるだろうかと思いましたが、それでは3行で終わっちゃうので、以下はごたくたなにゆうてるねんと笑ってくだされば。

49. ウルトラの星
これはある意味ティガのメイキングなのかな。怒涛のクライマックスの前に、言っておきたかったのかもしれないなあ。

ティガには申し訳ないが、今回一番の萌えはエンディングの初代ウルトラマンだ!そりゃあ平成のウルトラマンは、姿もアクションもすばらしくきれいだけれども、腰が引けてようが、顔が怖かろうが、私はこの人が大好きだー!中身の古谷敏さんも大好きだー!!(爆)

最後の最後に、初代ウルトラマンの映像から、ティガじゃなくてGUTSの映像に戻ってくるのが良かった。GUTSのメンバーも子供の夢を作っている仲間なんだと言ってるようで。夢の続きで、志の続きなんだと言ってるようで。それで、ダイゴの「もっと力が欲しい」というのも、物語のクライマックスに向けての言葉なんだけど、なんだかスタッフが、良い作品を作る力が欲しいと言ってるようで。

私も力が欲しい。おこがましいと思いつつ・・・。

50. もっと高く!
もう大迫力。また表現がやすけなくて申し訳ないですが、映画見てるみたい。ティガ最終章三部作、ダイゴとレナ編、TPC編、そして・・・。

始めレナがもの言いたげで言えない様子にどきどきしていたのですが、レナはほんとうにレナらしい。自分がティガについて行けるのでなければ言えない、と考えるのですねえ。ダイゴが一人で戦わなければならないのは、自分に力がないせいなのが悔しいと思うのですね。自分が知っていることがかえってダイゴの重荷になるのが嫌なのですね。だから「私、今後ろ見えない。だから、いいよ」と。置いていかれると思っていたレナのスノーホワイトを胸に抱いて飛ぶティガは最高にかっこいいですよー。

ダイゴの方はそれどころじゃない気分にもかかわらず、レナに気を遣って「ぼくなにかした」とか言ってるのがいいですね。51話でイルマに「勝ち目のない相手に向かっていく義務なんてない」といわれたときに「勝ち目がないなんてわからない」と答えるのも、運命を変えようとする覚悟の表現であるわけですが、やってみたら意外に何とかなるんじゃない?と、どこかで思ってるように見えるところがダイゴのすごいところです。のんきなのはダイゴじゃなくて私なんですけどね。

ゾイガーを落としたティガとレナが降下するモンゴルの草原。ここは最初にゴルザが現れたあの場所。すべてが始まったあの場所に二人は戻ってきたのです。草原に佇む二人はもう何があっても心の離れることはないのだと思います。そして、ティガにもGUTSにも何があっても(たとえ悲劇があっても)大丈夫という気持ちになります。この話がなかったら、人類の終焉のようなラスト2回はきっと怖いだろうな・・・。

エンディングで、ダイゴとレナの出演シーンが流れるのですが、初めの頃のレナって少年みたい。39話とか今回とかのレナってやっぱりすごいいいんだなあ。

51. 暗黒の支配者
燃える都市の上を群れ飛ぶゾイガー、暗い海に嵐を起こすガタノゾーアがもうそれだけで鳥肌もの。TPC基地からの脱出劇も、緊迫感のなかで感動の科白が飛び交う。ダイゴの決意を知った以上「必ず勝って」と笑ってダイゴを送り出すイルマもすごいが、レナはさいごまで「行かないで」と言わなかったなあ。いやもう私の思いつくのってこんな科白ばっかりで・・・。

私が好きなのはイルマの科白で、ようやく基地を脱出したアートデッセイ号のなかでの総監との会話。「安全な場所にアートデッセイ号を降ろしたら、ドルファンを救出に行きます」というもの。その前後の会話からして、たぶん地上には安全な場所なんかもうないし、総監もイルマも最後かもしれないと覚悟を決めていると読み取れる。それでも、最後かもしれないからどうというのとは別に、自分たちの安全を確保したら次は救出、と冷静にいつもの手順を考えているところがいいです。

それにしてもティガは、ガタノゾーアの殻ばかり攻撃してないで、口のなかとか、殻の開口部(手足の生えている所)とか狙えばちょっとは効果あったかもしれないのにとか、また細かいことを・・・。だって52話でイルマとハヤテが殻の中を狙って撃つの見ちゃったんだもん・・・。

52. 輝けるものたちへ
本気で泣いちゃったよぉ。子供たちが大勢でティガと一緒に戦うシーン。夜中まで最終回見て、次の朝目が覚めて、泣いた。変だよぉ。

40年前にウルトラマンが光の国へ帰っていったとき、子供たちが夜空を見上げて「さようならウルトラマン」と手を振ったという伝説がある。たしかに私たちは、家の外へは出なかったものの、TVのまえで心の中で手を振った。こんなのは脚色された記憶だけれど、今までウルトラマンの記憶を、大好きな人との楽しい思い出のように心の底にしまいこんでいたのだから、大好きな人と別れるときは笑って手を振るのが正しいやり方なのだ。「さようならウルトラマン」と。
でもウルトラマンは帰ってきた。そしてこう言った。「君も光になれただろう。人は誰だって光になれるんだ」。ウルトラマンはもうどこへも行かない。みんなの中にいつもいる。

キリノマキオがここで登場するのはとにかく、マサキケイゴが善意の人だったというのはややいい人ばっかりな印象になるが、こんな事態に我を張るようなことは頭のいい人のすることではないのだろう。考えてみれば、TPCが創設された時点でもうティガの世界の人間たちは、私たちよりも賢明な人間たちなのだ。
私にとっては、なつかしい登場人物が大勢出てきて、アートデッセイ号やスノーホワイトまでこの時のためにあったんだと思えるような展開は、物語に出てきた多くの者たちがみな大切に扱われているようで、それがうれしかった。51話エンディングでは怪獣たちさえひとつひとつが大事にされているようで良かった。確かに、キリノやマサキやヤオ博士は「自分にしかできないこと」ができる人たちなのだけれど、そうでなくても、特別な才能がなくても、かならず「自分にできること」はなにかあるのだと、そういわれているような気がした。

滅亡の危機を乗り越えて「歴史の1ページ」を刻んだとしても、市井の人間はまた日常に戻っていくのだけれど、でも誰の心の中にも光はありつづけるのだ、きっと。

【ウルトラマンティガ】 45~48話 感想

本巻の品下りポイントといえば、ギジェラに逆さ吊りにされるティガでしょうね。片足首で宙吊り、逆落とし。死ぬぞ(笑)。<笑うな。
この人はあまりえぐい攻められ方をしない人だと思っていた、と書いて気がついたのですが、あんまりいろいろ考えすぎて、格闘シーンの記憶がすでに薄れつつあるのでありました。困った困った。

45. 永遠の命
「古代の人類が滅亡したとき巨人は人類の選択に干渉しなかった。」「巨人は光である、ダイゴは光であり人である。」というユザレの言葉の意味がわかった。「ダイゴのDNAに刻まれた古代の記憶」にはちょっと面食らったが・・・。

大勢に影響ないが、少女テラのキャラクターに引きずられて、彼らの「人類がギジェラに翻弄されて(再び)滅亡の道を歩む事態」に対するスタンスがちょっとわかりづらかった。まあ最後のティガとの会話で推測はできる。たぶん彼らは長い間、巨人とはそういうもの、人類とはそういうもの、だと思っていたのだろう。私は情緒的な人間なので、理屈よりその理屈を当事者がどう考えるかのほうが気になるのだ。

ギジェラが麻薬のように人間の意志で逆らえない作用をするというのでなく、夜になると正気にもどるという設定で、あくまで人間に「選択」を迫る姿勢は厳しい。ティガは人間でもあるからティガの選択は人間の選択だというのは、ダイゴの希望的感想のようにも聴こえる。まあ、歴史は繰り返すと一言に言っても、その都度当事者が一度きりの選択をしてきたには違いない。ギジェラの夢の世界を退けた人類にも再び「最後にやってくる闇」が訪れるのだろうか。

46. いざ鎌倉!
こういう話好きですが、いまさらこれをどうしろと・・・(笑)

人情味あふれるほのぼのテイスト。のイメージにぴったりのはずの江ノ電たって、関西人にはいまいちピンとこないんですが (^_^;)。怪獣の「目」をカメラのフレームの外で支えて走ってる人が目に浮かびそう。ナメゴン登場かと思ってどきどきしちゃった。怪獣の鳴き声が出てきた時点でネタバレしてます。「怪獣はおかあさんに会いたがっているんだ」リーダー科白に照れてませんか。でも、江ノ電ささげもって飛ぶティガにうるうるしてしまう私。怪獣、おとうさんとも仲良くなっ!

「ダイゴはいつもティガに会えないね」いまさらなレナのツッコミはまるで、カイトとミズキの会話みたいで・・・。ティガかどうかはとにかく、敵前逃亡常習犯だってことはバレバレみたいじゃん。いやまったく困っちゃうなー(笑)。

47. 闇にさようなら
これはまた、ホリイさんの魅力満喫。いい役だなぁこのひと。お好み焼きデートが泣けるぜ。

「絶対あきらめない」という言葉が、ホリイ、ミチル、サヤカと伝わっていくのがすっごい良かった。多分ホリイが実践してる言葉だから伝わっていくんだけど、一方で、人間は信念を言葉として伝えていくことができるんだと思った。ホリイが一人で悩んでるときにダイゴがまあ言わずもがなと言えばそうもいえる言葉をかけるんだけど、ホントにこいつええ奴やなあと思う。多分、最後のところで人間は一人で悩まなければならないんだけど、でも話しかける人がいないといけない、一人だけで悩んではいけないんだとも思う。

最後にエボリュウが出てきたのには驚いたが、多分ホリイとサヤカの思いはリョウスケにも伝わったと言いたいのだろう。

結婚式のシーンでは感動で顔が笑っちゃって。よかったね、よかったね。ホリイは仕事熱心だからたぶんミチルはさみしいこともあると思うけど、ミチルはそんなんでめげないんだろうなあ、きっと。しかしTPCの礼服が似合わへんねえ、ホリイさんは(笑)。

48. 月からの逃亡者
おお、京本政樹さんかっこいいっ。この方が気取った役を演じると見ていて気恥ずかしいから、こういうちょっとバンカラの役の方がかっこよさアップすると個人的には思うが・・・。後ろ姿の腰が細い、とか、月基地の流行は長髪か、とか書くと顰蹙を買っちゃうよなあ、きっと。意外と照れ屋なのか、そうなのか(違)。

イルマは科学者の出身かと思っていたのでちょっと意外だった。ハヤテを「目標だった」というからには、なんだかイルマも強面だったようだが、今の心境に至るにはいろいろあったと言うことかな。多分深読みすれば、イルマに「まず心の敵を倒せ」というハヤテの科白は、無理に強くなる必要はない、イルマには荒事より考える方が向いてるよという意味だったのかもしれない。大雑把にくくってしまえば、ハヤテは自分を肯定し、イルマは自分に疑問を持つ、人だったのかもしれない。だとしたら、イルマがいまではムナカタをはじめGUTSメンバーのみんなに全幅の信頼を置かれる、信念があってなおかつ悩むことが出来る人になれたのは、この同期生のいいところを目標にした結果かもしれないね。

ハヤテのキャラクターにに引きずられてか、今回はティガまで戦うのに屈託がない。もっともこれは終始笑い声を上げている(ように聞こえる)、多分に愉快犯的なメンジュラのせいかも知れない。コイツの鳴き声はイイよぉ。

【ウルトラマンティガ】 41~44話 感想

 41. 宇宙からの友
宇宙飛行士とシンジョウの友情もさることながら、彼らのにぎやかな勇ましいノリは、人間の英知を代表していることの誇りを表していて、決断力や使命感や、厳しい考え方の上にあるのだということ。4話に続いて宇宙飛行士の矜持を感じる話でした。
  
後半は囚われた人たちが「イルドに同化する」と唱和する場面が個人的に気持ち悪くて、訳がわからなくなってしまいました。「争いも苦痛もない世界が来るのならイルドに同化してもいい」という人たちが、そんなに世の中の辛酸をなめてきたようでもなく、野次馬のように見えるのも今ひとつですが、その点は、争いや苦痛のある世間に絶望したと言うよりは、関わることを避けている人たちが、苦悩しつつも現実と対峙する人たちと対比して描かれているとも考えられます。だから、この場面は、宇宙飛行士やシンジョウの行為を最初は冷笑していた人たちが「やっぱり人間でなくなるのはいやだ」と切実に思ったときに、自分たちも何かしようと思う場面、自分は孤立していると思っていた人たちがはじめて協力する場面、ではないかと思うのですが・・・。その表現にこれはちょっと・・・。というより妙な違和感があって拒絶反応をしてしまったというのが本音です。

その部分をどければ、さいごの「今度は一人で行くんだ」という言葉が心に残る、良い話だったんですけどね・・・。
 
42. 少女が消えた街
何を言いたいのかわかりにくい話でした。一言でいいからどうしてカレンが人間を滅ぼそうと考えるにいたったかの説明があれば・・・。あるいはカレンも強大な力があって志のない者の一人なのかもしれません。そしてヤズミはカレンが自分の空虚を満たそうとして自分やレナを傷つけても、そんなカレンをかわいそうに思うことができる人なのかもしれませんが。「きっとさびしかったんだ」と結ぶきれいな話にするのなら、カレンとヤズミがお互いどういう風に惹かれあっていたのかの描写がほしいですよね・・・。

せめてあのパソコンを積み上げたようなファイバスがバーチャル美少女的怪獣(どんなんや)であるとか、ヤズミに襲い掛かったようなCGロボット風であるとかなら、ゲームの世界と現実がごちゃごちゃになるという趣向も生きたように思うのですけれどね・・・。ま、ティガとの格闘がめちゃ難しくなってしまいますが・・・。せっかく面白い趣向だったのにちょっと残念かな。

43. 地の鮫
44. 影を継ぐもの
これはまた見応えありました。ゲオザークの迫力、イーヴィルティガの美しさ、熊本ロケの風景もきれいに映えて、深い物語を華やかに見せてくれます。

ティガのいわば影としてのイーヴィルティガの出現。ダイゴの科白では「間違った心を持ったまま光になったら」とありますが、思うにマサキにはティガの力を何に使うかと言う目的がなかったために、力に呑み込まれてしまったのでしょう。ホリイの反応を見るとマサキは昔からあまり人柄の良い人ではなかったようですが、彼には自分が人類を支配しようとか言うほどの悪い心はなかったように見えます。野心を持つこと自体は悪いことではないけれども、ティガの力を借りるようなことではない、あくまで人間同士の世間のなかでの話です。「ウルトラマンは人類を進化させるのが使命」などと言った時点で、主語が自分ではなくウルトラマン(それも彼の願望を反映した実態のない概念)に変わっていることに気づいていなかったのだと思います。
何のためにという意志のないままに力だけを欲したために、強大な力を得ても同じ場所で地団駄を踏むことしかできない。イーヴィルティガは外見が勇壮なだけに、その心の中がすかすかなのだと思うと哀れです。

ダイゴの「僕は特別な人間なんかじゃない。けど、僕は自分のできる事をする」、ホリイの「自分が判らん力に頼ってどないするねん」という科白は、言い回しどおり胸に響くような言葉でした。

この話ではイルマがすばらしく良かったです。ティガとイーヴィルティガの戦いを「人の心の争い」と感じること、命令に従わないダイゴを黙って許すこと、語弊のある表現ですが、男性の隊長がこれをやったら多分かなり違った印象になると思います。怪獣の出現を人の心に原因があるという考え方は、ある意味偏った考え方かもしれないが、真理の一端を垣間見ているのかもしれない。あるいはダイゴという人を信じることはできても、ダイゴの抱えている「得体の知れないもの」まで信じるということはイルマでなければなかなかできないのではないかと。

でもイルマの考え方がすべてではなく、「科学でわかる力とわからない力」というホリイや、「本物と偽者」と考えるシンジョウもいて、感情を表さずまさに「自分に今出来ることをする」ムナカタもいて、いろいろな考え方の人が一緒に戦っているのだ(多分人間の未来を勝ち取るために)という描かれ方がとてもよかったです。
レナも「あれはティガじゃない」「怪獣がなにか訴えかけている」と一番に気がつくあたり、時には浮き気味になることもあった感性がきっちりと話の要点にはまっていました。

ここからは、超趣味的な話ですのでご容赦。

お子様向けのお涙頂戴な演出と一部で言われていそうな気がする「いぬウルトラマン」のガーディが大好きです。ウルトラマンに飼犬がいるなんて話がツッコミネタじゃなくて琴線にふれるなんて変ですね。「ティガは宇宙人のウルトラマンじゃないと思っていた」などと書いてたくせに寝返ってますが、(笑)カプセル怪獣のことを連想してます。
カプセル怪獣はウルトラセブンの命令で健気に戦いますが、はたしてそれがセブンを愛して止まないからなのか、それとも厳然とした主従関係があって畏怖で従っているのか、はたまた主人に忠実に従うように生まれついているのか、と考えたことがあります。

メビウスに登場したミクラスを人工物の、メカミクラスのと罵倒したのは、この疑問に答えが出てしまうのが怖かったからに他なりません。あまえたで、使い手におだててもらって奮起して戦うようになるミクラス。それでも良いんですが、人間側から見ればマペットミクラスは、一分でリセットできる、兵器であり道具です。なぜコノミになつくのかという点も、(あくまで推測ですが)あまり納得できる理由ではありませんでした。逆に使い方によっては誰に使われてもそれなりに動く。そういう性格がウルトラセブンのミクラスに敷衍されるような気がして嫌だった。

動物を飼うウルトラマンがいるのだ、主人が間違ったことをしたら悲しんで、負けるのを承知で向かっていくようなそんな怪獣を飼っているのだ。というのはさきの疑問に対するある種の答であるように思いました。まあ趣味的な話です。

【ウルトラマンティガ】 37~40話 感想

実相寺監督のエピソードがDVD一巻に2話もはいってるというので、期待と不安に(笑)胸は高鳴る・・・。監督も脚本もぜんぜん気にしてない私がこんなことを書くのだから、実相寺監督って「特別」なんですね。ちなみに私はウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンマックスでしか御作を見たことがありません m(_ _;)m。知らずに見たらどういう感想になるか一回やってみたい気がしますが、そりゃあはなから無理というものでしょう。果たして、わけわかんねーと書くか、ものっそいうがった見方をするか、考えずに酔えるか。

 37. 花
見ている間は通常とはちょっと違った意味で目を離せない状態でした。何が映るかわからん(笑)。ティガの格闘シーンは形式美が夜景に映えてダンスパフォーマンスみたいで堪能しました。見終わってみるとお話的には侵略宇宙人の一般的な話なので、映像の妖しさBGMの豪華さに比べて、お話が普通だなあという印象です。
それとですね・・・、マノン星人の顔が映ると、ヘンな顔だなあと思って夢から覚めてしまうんですよ・・・。

私としては、マックスの「胡蝶の夢」が掛け値なしに面白かったので、ちょっと物足りない気分でした。ティガでアレをやっちゃいけませんわね(笑)。
それとですね・・・、等身大のティガがイルマ隊長を抱っこするかと思って期待したのに、あっさり次のシーンになっちゃったんですよ・・・。

38. 蜃気楼の怪獣
ファルドンよりデスモンのほうがぜんぜんかっこいいやー。ティガと対決してほしかったなー。それはとにかく。

タツムラ参謀の調査はなんの役に立つんだかわからないんですよね。だいたい、この世ならざる巨大な怪獣が突然現れるからパニックになるのであって、うわさを聞いてどう行動するかとは関係ないような気がするんですけどね。
というわけで、参謀室に呼びつけられたのが私だったとしたら「参謀、その調査って意味ないような気がするんで、協力するのヤなんですけど」とか言っちまいそうで深刻な気分になれなかったんだな・・・。予算ないとか言ってしょぼいしなあ・・・。<あくまで冗談ですよ。
でもGUTSまで出動させてはあとあと露見したとき非常にマズイってことがこの人わからないんだろうかとは思うなあ・・・。

妙な感想ですが、GUTSのメンバーの信頼/不信と、タツムラの人を欺く調査と、幻影怪獣と、普通の人に普通にある「心の弱さ」が怪獣を呼ぶという話が一緒に出てくるとどこまでがどのはなしなのかわかりにくい。もっともこんな話がきっちり割り切れるのはたぶんに単純な演出であって、割り切れないほうが、なんというか、誠実な物語であるとは思います。GUTS隊員たちは意見が分かれてもそれでやたらに反目するようなことはなく、したがって仲直りのカタルシスもなく、イルマが情報操作に加担したことが不信感につながるわけではなく、だからまあそんな事情の時もあるわ、隊長の立場もわかるわといった感じの和解。そして人々もそんなに愚かではなく、でもたぶんに愚かなこともしてるんだけどね、というような。

「人々はそんなに愚かではない」のなら、では誰の弱さが怪獣を呼んでいるのかと考えてしまうのですが、話は話として、その状況をイルマがどう感じたかという話は話として、見たほうがいいかもしれません。あるいは、愚かでも信じたい、弱くても共に戦うというところにつながる話かとも思いますが、そこまでは言ってなかったような。

39. 拝啓ウルトラマン様
ウルトラマンと超能力者の対決という斬新な展開もさることながら、この話、ダイゴとレナの表情が良いんですよ。
ダイゴはまるで求道者のようにストイックで、レナは・・・なんというか、切ない表情をしますねえ・・・。ダイゴが秘密を抱えている様子がよほど気がかりなのか、任務をほったらかしてダイゴを探すようすはいつものレナじゃない。もう心配で心配で、いてもたってもいられないのだろうなあって感じするんですよね・・・。

ダイゴは変身したら正体をばらすと脅迫されていながら、レナを助けるために変身するとき、ぜんっぜんためらってないんですね。思うにダイゴの時よりティガの時の方が、自分に正直なんじゃないですかね、この人。
ダイゴ/ティガでも「正体を公表する」といわれたら困るんですねぇ。当然といえばそうですが、ばれたらばれたでどうにでもなるような気もしますが・・・。まあ、多分にばれ方にもよりますから・・・。

キリノに関して言えば、子供がいじめられる映像はどうにも居心地が悪くて入れ込めないのですが・・・。最後に、このひとは自分の超能力のために不遇だったにもかかわらず、明るい方をむいて生きようと思える人だったんだとほっとしました。それにしても「予知」と「テレパシー」という扱いにくい能力を背負って生きていくのはたいへんそうな気がします。ある意味彼は、自分の脅迫にもかかわらず変身するダイゴを見たかったのではないか、といったら彼の苦悩を軽く見過ぎかもしれませんが・・・。

40. 夢
37話よりこちらのほうが楽しめました。夢から現れた怪獣という人を食った設定で、それも宇宙線が原因で夢が実体化するというどこかで聞いたような話。寝起き頭のバクゴンもかわいいし。むっちゃヘタクソな怪獣の絵。まあしかしけったいな話ではあります。

登場人物が(豪華キャストにびっくりですが)クセのある人ばっかり。そればかりかGUTS隊員もみんなちょっとづつ変になってる。ガッツウイングだけがいつもどおりに飛んでることについ笑ってしまった私。

夢が実体化した怪獣と戦うためには自分も夢の中で変身すればいいのだと、ナイスな思いつきのダイゴがころっと寝てしまったところで、この話が好きになりました。怪獣になる夢。ウルトラマンになる夢。まったくもって放逸な眠りは若者の特権です。ダイゴの夢にでてくるイルマはあんな風にコワイのかな(笑)。

【ウルトラマンティガ】 33~36話 感想

33. 吸血都市
吸血鬼ネタがここまで大人な話になるなんて。第5話のしぶいオノダ記者も再登場。ユキナへの切実な思い、ムナカタに協力を求める仕事のはやさ、かっこつけたりハッタリかましたりする余裕が同居しているのがオノダさんの魅力ですね。
オノダとユキナ、イルマとムナカタの、上司部下であり、同志であり、恋愛感情も(ちょっと?)ありの大人の関係が良いです。
吸血鬼の棲む闇を人間の心の闇と読み変えるのも、吸血鬼とは何者なのかというあたりに解釈を可能にした点でよかったと思います。なにもかもあからさまに説明をつけてしまうのでは、大人の世界は成り立たないでしょう。

欲を言えば、ちょっと大人っぽさに徹しきれてないのが残念。吸血鬼のメイクとコスチュームが少々笑いを誘うし、キュラノスはもろコウモリ怪獣だし・・・。ティガの首にぱっくり食いつく場面なんか、帰ってきたウルトラマンに噛み付くドラキュラス思い出して笑っちゃった。ホリイ「ティガに噛み付きよった」言わんでもわかるって。帰マンの伊吹隊長「血の代わりにエネルギーを吸ってるぞ」説明的すぎるって。この差は何?ここで笑いのツボにはまってしまい、勢いでユキナとイルマのキャットファイトも笑いのツボにはまってしまい・・・などと書いて品位を下げてしまっては・・・(自爆)。

34. 南の涯てまで
サワイ総監って偉い人だったんだ。日本人が国連事務総長に。その人が夢物語との揶揄にもめげず、軍備解体のために各国を説得して回るなんて。すごい人です。日本人の鑑です。またその「夢物語」を実現に結びつけたのが科学者のフォーラムの支持だっだなんて。それでこそ、空想特撮シリーズ、日本の怪獣映画が描き続けてきた立派な科学者の姿ではありませんか。いままでずいぶん癖のある科学者が登場しましたが、彼らはみな、自分たちの事情を抱えて多分文句もいっぱい言いながら、でも人類のためにはそれが一番いいことだから、と考えたに違いない。うそっぽくてもなんでも、この話はこうあるべきです。感涙です。

GUTSは人間同士の紛争解決には出動できないルールなのだそうで、宇宙人の陰謀だと証明してからでは手遅れになるというヨシオカ長官に対して、「出遅れたりせえへん」というホリイがむちゃくちゃかっこいいです。ヤズミがちゃんと証拠を見つけるし、シンジョウとレナも言外の作戦を察するし、GUTSはこういうとこびしっと決めますねえ。

サワイ総監とダイゴとイルマの出会いもわかって面白かったです。ダイゴって「不思議な青年」なんですね(笑)。サワイ総監にむかってお友達みたいに手を振るんですね。天真爛漫というか屈託がないというか。いつもは堅実で悩める人で、やや気が弱そうな印象なので、今回とかアートデッセイ号にやたらに感心してた時とか、元気なダイゴもいい。

デシモニアの得体の知れない造形も良かったです。ヨシオカ局長がいいとこ見せるのはいいけれど、デシモニアの子分はちょっと弱すぎるなあ・・・。

35. 眠りの乙女
また宇宙人らしい?宇宙人が出てきたものですね。この方を「眠りの乙女」と呼称するセンスは好き。だって女の子だもん(笑)。憑依されたレナが悪女っぽくなっちゃって。「なんで人類の味方、するかなぁ?」侵略宇宙人のよくある主張も語り口が変わるとこうも印象が違うのか・・・。ダイゴにしてみたらたまらんでしょうね。「怪獣にも生きる権利がある」「ティガはなぜ人間を助けてくれるのか」と問いかけていたレナの口から、この悪罵が発せられるんですから。

妖しさで運ぶストーリーは魅力的ですが、この宇宙人って「南の果てまで」の宇宙人と同一なんですよね?前回TPC幹部を狙う用意周到さと今回ダイゴをいたぶるのが楽しそうな様子がどうも同じ宇宙人の手口とは思えなくて・・・。あちこちで目撃されたUFOや宇宙人がデシモ人で、ながいこと人間を観察していたのだとしたら、作戦とは別の個人的な感情として、争いを繰り返すおろかな地球人をバカにしていたとしても無理のないことかもしれませんが・・・。

ティガの仲間が超古代文明の滅亡時に地球を去った(帰った)とかいう科白もでてきましたが、意外とその辺のいきさつに興味をそそられない。ダイゴがウルトラマンになるべく生まれてきた人であるという最初の説明が印象的だったんですね。宇宙人なのにどうして地球人のために戦ってくれるのか、という理由づけがウルトラマンには付いてまわるのですが、戦うのはダイゴの意志、ティガは地球古来の(超古代文明の?)力だと思ってたんですね。そうじゃないとすると、「みんなが好きだから戦う」というダイゴの理由はどうなるんだろう・・・。

36. 時空をこえた微笑
これはいい話でした。けっこうキツイ話が続いたので、はればれしました。ヤズミの優しいところがよくわかって。任務もきっちり果たす様子が描かれていて。

冒頭に少年のヤズミに声をかけるおばあさんを見てますから、多分ハッピーエンドだろうなと思いつつ、けっこうはらはらしつつ。最後にはヤズミと一緒に「よかったぁ」という気分になりました。なんかホリイが余計なこと言っただけのような気もしますが・・・。

ゲスト役の女性にきりっと系の人がおおかったので、今回の少女がほのぼの系なのも趣向が変わってよかったですね。多分事情がよくわかってないにもかかわらず、いつのまにかティガを応援している様子が可愛いです。突然異なる時代に来てしまってものすごく心細いときでも、礼儀正しくして、取り乱すまいとしている様子が、ほのぼの系に見えても大正生まれの女性なんだ、しっかりしてるなあと。たぶん、自分の時代に帰れた後は、大変な体験もたのしい思い出にできるぐらいのおおらかさもあったのではないかなあと。

帰れて本当によかった(涙)。

【ウルトラマンティガ】 29~32話 感想

29. 青い夜の記憶
先ごろ「M78星雲から愛を込めて」を読み、この話がウルトラセブン「盗まれたウルトラアイ」へのオマージュだと書いてあったので、どうかなあ、と思いつつ見たのですが・・・。オマージュ云々とは関係なく良い話でした。

「青い影」もはじめどうかと思ったのですが良かったです。私には、特定の映像と感情を伴って想起される音楽が何曲かあり、この曲も当分の間、シンジョウとマヤの物思いに沈む表情と共に思い出す曲になるのだと思います。

ティガらしい抑えた演出で、扇情的な場面もなく、物足りないほど静かに進行する物語でしたが、
シンジョウがマヤの兄のふりをして別れを告げ、二人が抱き合い、「ああ、バレたな」と思ったとたんじわじわと涙が出てきました。

ロマンチックに過ぎるかもしれませんが、クルス・マヤが一人になっても生き続けられたのは、歌という表現手段を持っていたからではないか。彼女自身が「熱狂的なファン」の存在によってどのていど慰められるかと考えれば、期待薄としか言いようがない。でも、聴衆たちが彼女の心の歌を単に娯楽として消費していたのだとは思いたくない。不十分かもしれないが、あるいは自分の経験した感情への浅薄な読み替えによってかもしれないが、地球人も彼女の伝えたいことを感じ取ることができるのではないか。マヤの歌に聞き入るマユミの表情は表層的な感動ではないと思います。シンジョウが撃墜されたと聞いては胸がつぶれるほど心配するマユミにはマヤの気持ちが想像できるでしょう。

そして、シンジョウが「長い悲しい夢」とマヤの兄の心を表現したように、夢のようにかもしれないがマヤも地球人の心を感じているのだと思いたい。どう考えてもバレる芝居をしてまで、なんとかして力になりたいと思ったシンジョウの気持ちが伝わったから彼女は死ななかったのだ。そして彼女が一人で生きてゆこうと思うときに、利己的な理由かもしれないが彼女を愛している地球人たちが周りにいることが、いくらかでも彼女の支えになっているのだと思いたいです。

無理にウルトラセブンと比較する必要はないのですが、どちらかというと「盗まれたウルトラアイ」より「ダークゾーン」と似た余韻が残りました。滅びてしまった種族への悲しみ、そして多くの場合、人は一度絶望しても生き続けなければならないのだということ。そう考えれば、マヤに地球人との安易な共感を求めるよりは、マヤは彼女の種族の誇りをもって生き続けるのだと考えるほうが良いかもしれません。地球人には彼女らの気持ちを理解することも、有効な援助をすることもできないのかもしれません。

そんな地球人以外の何者でもなく、自分たちは何の役にも立たないのではないかと思いながら、なにかできることはないのかと考えるシンジョウとダイゴを私は好きです。

30. 怪獣動物園
動物を檻に閉じ込めて見世物にする動物園自体のありようを問われるようになった現在からみると仕方のないことですが、この話はなんだかいまいち。人間に害になるからと殺してしまうよりは、閉じ込めてしまうほうがよほどましな選択ではあります。それに、レナも怪獣を殺すことに疑問を呈した以上、具体案を模索するうちの一案として「怪獣動物園」を思いついたのでしょうが。それにしても怪獣は人間の手に余るから「怪」獣なのです。捕まえて檻に入れとくなんてどだい無理なような気がします。

ティガにそんな能力があるなら、毎回怪獣を小型化カワイイ化すればいいじゃないですか。「限界まで体力を消耗する」などとけちくさい言い訳をしないで。そりゃあ、怪獣を生かすためにティガに命を削れとは申しませんがね。今回は特別にレナのためにというのもなんだかなあ。

一番かわいがってる牛を一頭だけ避難もさせずにひっぱってうろうろしている飼育係の山本さんもなんか不自然だし。牛舎がつぶされてるのにハッピーエンドなんだから他の牛は避難させてるはずですよね。牛をかばって変身するティガというのもいまいち・・・。

こういう案も提示しておきたかったのかなと思いますが、なんだか妙な話。たのしい場面は多々あるのですが・・。

31. 襲われたGUTS基地
基地をのっとった人工生命体が兵器ではなく、宇宙人の作った環境改良の道具だというのがかなり怖かった。都合の悪いこと?には「データ不足で判断できない」と言いはなつのにぞくっと寒くなります。

しかし、人工生命に「本当の心があったら」と期待するよりは、ビザーモの設計がまずいことに学んだほうがいいのではないかという気がします。ビザーモを作った人はビザーモの行動を制御するしくみを作っておくか、活動に制限を設けておくべきだったのでは。何もかも自動化して人工生命に判断を任せてしまい、人間が楽をしようとするとこういうことになるのでは。あらかじめ制限を設けて知的生命体を作るというのも倫理的な問題はあるかもしれませんが、そもそも生きているだけで環境を変える生命を作り出すのですから、何の制御もなく野に放つのは危険すぎると思うのですが。

ホリイも環境問題を解決できるかもしれないと興奮するのはわかりますが、スロットから入り込んでパソコンを操作した時点でもっと警戒するべきでしょう。相手が協力すると確約したわけではないのだし、悪意はなくても自由にあちこちに入り込んで操作できるようでは事故になる可能性はあるのだし。善意悪意というよりはビザーモが自分以外の生物の都合をぜんぜん考えないところが問題なんだなあ。でもそれって人間もそうかなあ・・・。歴然と生命力に差がある生物の間で対等なコミュニケーションが成立するんだろうか・・・。

前回今回とレナのために戦っているようなティガですが、レナを救出するGUTS隊員を守ろうとビザーモの電撃に耐えるティガはかなりかっこいいです。ラスト近く携帯通信機に映るぬめぬめダイゴのサービスショット?はかなり笑えます。畳み掛けるような緊迫感のある話なので、最後にほっとするのはいいですね。

32. ゼルダポイントの攻防
シーラは怪獣になっても昔のままに目が青い。今回一番涙を誘われたポイントです。変。

怪獣になっても飼い主のことを思うシーラの物語には感動しました。失意の中でも「生きている限り必ず出来ることがある」という博士も立派です。ムナカタが「シーラの遺志」だからとガスを飲み込んだ怪獣を宇宙に牽引する決断にも泣きです。光になったシーラが少女をのせて飛び、寄り添うティガに(アニメみたいと思いつつも)涙しました。

でも、結局怪獣にゼルダガスを処分してもらったような気がしてやや情けない。各国の軍隊を解体したTPCは他にもいろいろな大量破壊兵器を抱え込んでいるのかもしれない。
なぜシーラがいまになって現れたのか。多分自分の死期を悟って最後の力を振り絞ったのだと思いますが、もしかしたら、博士の死の直前まで名誉挽回のチャンスを与えるために待っていたのではないかと考えてしまいます。
もしかしたら、ゼルダガスを無力化する超能力を会得するために洞窟で修行をしていたと言う可能性もありますが・・・。<ちょっと「無力化」は嘘っぽいですよね・・・。

怪獣は口が利けないということに改めて気が付きました。だから人間は「怪獣はなぜあらわれるのか」と考えるのでしょう。基本的にはウルトラマンもしゃべれないんですよね・・・。

【ウルトラマンティガ】25~28話 感想

涙の出てくる話ようなが続きます。涙腺のゆるいほうじゃなかったと思うのですけどね。「泣いちゃった」ばかり書いているとグルメ番組の「おいし~い」ばかり言ってる感想みたいだし。思い出してうるうるしてると気の効いたことを考えられなくなるんですよね。そういえばグルメ番組でも「おいしい」以外の表現をしようとして、かえって伝わらない人いますよね。しょうがないのでどこで泣いちゃったかを書きましょう。ちなみに29話以降もかなり涙腺にきました。

25. 悪魔の審判
人々が集まってきて、車のヘッドライトや懐中電灯でティガを照らすシーン。
人間がウルトラマンに加勢するために必ずしも武器をかざす必要はないのだということ。メトロポリスの人々はイルマ(とGUTS)を信用しているのだということ。群衆の中に子供たちがたくさん混じっていて、それはウルトラマンを一番応援しているのは子供たちだからなんだけれども、おとうさんおかあさんも「危ないから行っちゃダメ」とか「あんたが行ってなんの役に立つの」とか言わないで一緒に走ってきちゃったんだなあと思うと、も、涙が・・・。
どこかで見たような「地獄の門」も「アダムの創造」になぞらえたティガも、めずらしくケレン味のある演出で面白かったです。イルマが「地獄の扉が開く」と詩的?な表現をするのに対し、シンジョウが「団体さんが来る」と散文的な表現をするのもなかなか(笑)。

ところで、ダイゴが女預言者に踏みつけられるシーン、「キャー!あの女長野くんのこと足蹴にしたわっ!許せないっ!」とかいう騒ぎにならなかったのでしょうか・・・。V6ファンの憎しみを吸収してさらに強大化するキリエロイド・・・てなことに(違)。ハイヒールで踏まれなくて良かったね、ダイゴ。

26. 虹の怪獣魔境
涙も中休みの回か、怪獣魔境もの?な話も、虹のゲートをくぐるとある種の異界だというのが趣向でした。虹が消えるまでに現世に戻らないと怪獣魔境から出られなくなってガイコツになってしまう・・・。
家族に疎外されていたおとうさん復権に狙い通り涙ぐんでしまう自分も面白いですね。私が子供の頃ならこの手の話は親と一緒に見たくないな。ウチの母きっと言いますよ「ウチはおとうさんをもっと頼りにしてるわよね」あのね、フォローに困るからやめてちょうだい、おかあさん。

こういうテイストだと不思議と遊んでいる(ようにしかみえない)怪獣とティガも楽しく見られますね。シルバゴンがめちゃ強いってのも納得させられてしまう(ガギが弱すぎか)。しかし、後からばかり怪獣をどつくティガは卑怯者ぽいぞ(笑)。

27. オビコを見た!
「昔の村が戻ってきたんじゃ!」オビコが鍋をたたいて踊る場面は涙なしには見られません。それまでがコミカルな運びなだけに一層オビコの悲しみが胸に迫ります。真面目に働く人間をからかったり、いたずらを仕掛けたりして困らせてきた妖怪たち。でも人間たちは「遊ぼう!」という声に耳をかさず、真面目にこつこつと、畑を作り、町を作り、とうとう世界を変えてしまった。それでも妖怪たちは昔から共に暮らした自然と人間のいるところでしか生きていけず、妖怪の方法でしか人間に話しかけることができない。
いまになってダイゴが初めて人間側から歩み寄ろうと試みても、もう自然も人間も昔には戻れないことがオビコにはわかっているのでしょう。できないとわかっていても「お前が安心して暮らせる土地を必ず見つける」と言ってしまうダイゴにも泣かされます。

いままで淡々と戦ってきた(ように感じていたのですが)ティガがはじめて感情を表し、このあとの話ではティガ/ダイゴはかなり連続した意識を持って戦うように見えてきます。その転機はたぶん28話だと思うのですが、その前の回でティガが日本の妖怪の死を悼むのが興味深いです。

28. うたかたの…
ヤズミってこういう役回りだったんですね、なるほど(笑)。自走砲もヤズミも役に立たなくても動じないムナカタがかなりかっこいいです。さいごまで「なぜ現れたか」わからないままのジョバリエもいいです。

ダイゴ/ティガが「みんなが好きだから、守りたいから」戦うのだ言ったとたんに涙。ダイゴはティガの力を得たことによって自分の考え方感じ方の変わらないひとなんですね・・・。「みんなが好きだから、守りたいから戦う」というのは結論ではなくて出発点なんですね。もしかこのさき考え方を変える必要に迫られても、この出発点を忘れない限り、ダイゴはティガになっても何になっても信頼できる人であり続けると思います。

GUTSの人たちは正直ですね。女性がまとまっていない問いを投げかける側で、男性が答えを見つけなければならない側というのが面白いです。自分のしっかりした考えを持とうとして、知らないうちに出発点のところを否定していたりすることはありがちなのではないでしょうか。レナやマユミの問いかけを「感情論」「まとまってない」「現実的でない」と切り捨てることは簡単ですが、彼女らはいまどうしろと言いたいのではなく、どういう手段をとるにしろ出発点のところを忘れないで欲しい、いま理想を実現できなくてもほんとうにこれが最良の方法かと疑問を持ち続けてほしいと言いたいのではないかと思いました。

「お兄ちゃんたちが戦うのをやめれば、神様も怪獣を出すのをやめるわ」というマユミのかなりキツイ科白にも、そんなふうに考えるに至った妹の気持ちを知っているから言い返せないシンジョウも、言葉に出さないけれど彼なりに悩んでいることをうかがわせます。

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