「ジャミラ祈念日 ウルトラ怪獣のためのレクイエム」
詩:松本賀久子 解説:原田実
図書館の蔵書検索で「怪獣」を検索したら出てきたので借りてみた。
映画「セブン」にモーガン・フリーマン演じる刑事が図書館の司書から容疑者の貸出記録を聞きだす場面があるが、(もちろん本当はしてはいけないこと)そんなことされたら私なんかただのはじっさらしである(笑)。引用も本当はしてはいけないことなんだと思うが、こちらに内容の一部が出ているので、以下はほんの抜粋である。
原田実の幻想研究所 松本賀久子の部屋
http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/
バルタンの星
バルタンの星は消えて 残された 数十億の人々は
円い一隻の船に寄り添う
地球に住む 数十億の人々には 寄り添える一隻の 船がない
271号
番号は恋人の顔 番号は懐かしい両親 本当に 遠い番号は祖先 1号と2号はダダのアダムとイブ
ウルトラマンはスペシウム光線の一撃にして罪のない二十億のバルタン星人を大量虐殺したのだとか、あんなに不気味で怖いダダも、番号で呼ばれる気の毒な一兵卒だったとかいう話は知っているが、寡聞にしてここまで話が発展したのを読むのははじめてだった。
これを愛といわずしてなんといおう。他にはレッドキングとがまくじらが良かった。
バルタン星人のこのくだりが印象に残ったのは、別段争いばかりしている地球人と身内では争いをしないバルタン星人などといいたいのではなく、バルタン星人には生命という言葉がないように、もしかしたら自分と他人を分かつ概念も希薄なのではないかと思ったからである。あれが分身なのか多数のバルタン星人なのか、本当はわからない。地球に数十億のバルタン星人と人間が暮らすとしても彼らはそれを無理な話とはまったく思っていなかったかもしれない。(だからマックスのバルタン星人は戦うためだけにクローン増殖しても平気なのだ。ほんとか?)
ダダも気の毒な立場だったのだと知ったとたんに、番号でしか呼ばれないのも気の毒だと思ってしまった。ダダの名前が番号であることは本来不気味さの要素だったのだ。ウルトラマンに負ける、つまりそんなに拘泥していた標本採取には失敗する、とわかっているのに何の援助もせず271号を放置する行為もまた不気味さの要素だった。理解できないままでロマンチックに変貌するダダ。
ちなみに原田実氏のHPの「ウルトラマン幻想譜」も面白かった。
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