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【ウルトラマンネクサス】感想5

前半は暗いけど最終回まで見たら感動する、と言う感想を聞きます。全編とおして話の展開が加速して、情報量が多くなって、最終回でクライマックスと、気分は盛り上がりました。疑問も解けたし、メタフィールドからの開放感もありましたね。感動もしましたが、釈然としない点もありました。釈然としないのは主に西条がデュナミストの紅一点かつ弱点であった件です。そんなことを気にするのは私だけかもしれませんが(笑)。結局、手の込んだ理由をつけて女を戦力外にするのなら、男だけが戦う話にして女をかかわらせなくても別に問題ないのに、なぜわざわざ。と思ったのはいわばダメ押しで、問題はそこじゃないんですけどね。

実際、西条の件だけならそんなところだろうと納得します。前半に、リコ・里奈・理子・佐久田と女性の受動的かつ一方的な被害者が続いたり、リコやセラがありがとうと言って消えていくのがなんだかなーだったり、西条が副隊長にしては感情的でわからずやに見えたり、そんな中での心のオアシス(笑)だったクールでマイペースな平木に「ロストメモリーズ」というこれまた納得いかないエピソードがくっついてたり、そんなこんなで「女も見てるだけじゃダメさ」とか「そして私に愛をおしえてくれたよね」などの歌詞まで気にさわっていたもので(笑)、なんだか最終回のこの件でオチがついたような気がしましてね。

リコが実は死んでたとかすごく気持ち悪いです。幼い女の子を犠牲者にする件は、個人的に感心はしませんが、単純に、ビーストに襲われるのが成人男性であるより女児であるほうが絵になるし、視聴者の同情が得やすいし、演出効果があるという理由もあるかと思います。しかしここへ、成人女性を自分の意思をもてない死人にしてまで犠牲者にするとなると、都合のいいように扱いやすい状態の女性を何度も登場させている気がしていかがなものかと思います。言いがかりに聞こえるでしょうけれど。姫矢も溝呂木も孤門も、彼らもひどい目にあってるとは思いますが、ちゃんと判断力のある大人であって、自分の意思で行動できるのに対して、リコも理子も西条も一人前の大人?ではなく、自分の意思も行動力も十分でない状態で被害にあうのが気持ち悪い。

各々の女性の描写が変なわけではないです。ちょっと余計なことを考えて見ましたが、たとえば佐久田と根来の行動が逆(または性別が逆)だったらすごく変わった人に見えるだろうし、たとえば里奈が男の子だったら、気持ちだけでも「戦う姿勢」があるのがありがちな展開です。理子が男の子だったら、溝呂木も孤門も受け入れる意味が変わりはしませんか。根来や保呂草には自分の動機があるように見えましたが、それが女性たちに比べて正当な描写であるかというと、ただわけもわからず巻き込まれる女性より、わけがわかるまいがとりあえず何かと戦わなければならない男性のほうが不当な描写に耐えてるような気もします。コミカルな話だったり、現実離れした人物設定ならどうにでもなるけれど、(登場人物個々の性格と言動については)リアル志向の話の中では共感を得やすい男女らしい考えと行動のパターンがあるのでしょう。ただ個人的には、これだけ続くと、配慮がない気がしますし、あえてすることで何を表現したんだろうと思ってしまいましてね。

後半の瑞生や葉月は普通に能動的にふるまう女性に見えましたが、そういう話の流れだったからでしょう。それとも配慮があったのか、情報量がおおいために妙なことが気にならなかったのだかわかりません。後半もっと時間があったら、もしかしたら納得のいく説明があったのかもしれません。そのかわり犠牲者が増えていた気もしますが。私が最終回で感動したシーンの一つに、一人で出撃する和倉がありますが、その和倉も前半の前半は存在感のない隊長に見えていました。そう考えると、妙な違和感は、前半サスペンシブな展開に重きを置いたために、人物描写に多面性がなかったのが理由のような気もします。そういえば、吉良沢も松永も後半になってまともな人に見えてきたし、せっかく事情のわかる立場にある数少ない女性だった首藤も最後にしか存在感なかったですし。

後半の燐と彼にかかわる人たちは魅力的な人たちだと思うのですが、見ているときはひたすら疲れた前半の姫矢や溝呂木のほうが、見終わってみると印象に残っているのが面白いです。前半見ないと後半の面白さは半減という意見を聞きますがそのとおりだと思います。前半のあの独特の雰囲気は男女が関係しあっているから、それで描写される以外に見る側で人間関係に関して(共感であれ違和感であれ)余分に感じることが多いからああなった気もします。もしかすると問題は単純に、前半もう少し早めに事情の説明を始めるべきだったという点にあるのかもしれません。そうすれば女性の役割が固定されててどうのとか、人物描写に多面性がどうのとか、気づかなかったことかもしれません。

以上のような見方をしていますと、最後に登場の水原沙羅と海本隼人の役割分担が、ある部分で男女逆転していること面白かったです。そういう意味で彼らにはたいそう興味を引かれました。映画「ULTRAMAN」では、真木舜一がウルトラマンである理由も、ついでに有働貴文がビーストな理由もわかった気がしました。おかげで多分主題と違うところで、妙に楽しめてしまいました。まあ自分としてはあれこれ考えるのは楽しかったです。考えたことが文章としてまとまらなくてちょっと心残りです(笑)。

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