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2007年11月の記事

UltrasevenX エピソード8

秋晴れのさわやかな日曜日も朝からウルトラセブンXを見て電王を見ると、ウォータースライダーに乗ったような気分です。下がって上がって落ちがついてずぶぬれーみたいな感じ。(意味不明)あ、初めてキューティーハニーも見た。・・・。

直球な話が続いたせいか、今回は捻りすぎでは。文句の言いようってのはいくらでもあるものですねえ。ホラーやサイコサスペンス(そもそもこれらの区別がついてないことが問題)の文脈としてはありなんでしょうが、ウルトラセブンとしてはどうなのかなと。仮面ライダーTheNEXTもそうでしたね。ホラーとしては面白いけど、仮面ライダーとしてはどうよと。(結局見に行ってるのよ)

結論としてはノスタルジーで見るから文句いいたくなるだけ、そもそも先入観あるのが問題と言ったところでしょうか。こうまで定石な展開をされてしまうと、話の内容について考えたようなことを書くのがこっぱずかしいとでもいいましょうか。個人的には、殺戮宇宙人に自分の出自の記憶がなく暴力事件に巻き込まれなければ一生自分を人間と思って暮らしている理由が一番の肝なんですが、見事にスルーでした。さらにいうと本来の姿に戻ったとたん無差別殺人がとまらなくなる理由もあるでしょう。なんぼ宇宙人でも。

自分好みに解釈すればその理由のために、主人公(男)が「自分の無差別殺人を止めてほしい」と思ったということになるのですが、それにしては、「記憶がなく暴力事件に巻き込まれなければ一生自分を人間と思って暮らしている」部分がただのナレーションで、「主人公(男)が記憶を偽って妻との幸せな(かつ短い)結婚生活の思い出を美化した」の部分をあれだけ語るのは比重の置き方が違いすぎるし。殺戮宇宙人的事情がどうあれ、地球人の妻との生活が楽しかったがゆえにほんらいないはずの逡巡を抱えるに至ったといいたいのであれば、このホラー風味過ぎる展開はちょっと違うように思いますね。

というわけで物語の言いたいことを推測して考えるのが面倒な気分の本日は、電王だのTheNEXTだのに話題が飛んでしまってイマイチなんですが、人の「記憶」は強くてもろいというよりはもうぐにゃぐにゃで解釈しだいでどうにでもなる個人的な物語で、かといって自分が変えたい記憶ばかりが変わらず残っていると言う意味では、弱いくせに粘っこいというのが実感で。ジンくんの記憶につながる物語が進行しているのだろうと思うが納得いく結論になるかどうか。

毎回ちょびっとの出番のうちにウルトラセブンXがかろうじて存在感を保っているのは番組タイトル名だからかさすがです。ジンがぼーっとしてるからセブンXに感情があるようにみえるんだろうなー。まったく言わずもがなのことをジンにはいっとくけどエレアの言うことが「事実」とは限らないんだから当てにしすぎちゃだめよ。でないと「救世主だ」と繰り返し言われてその気になったみたいに見えたらはずかしいよ。


ところでヒュプナス星人の事情とは実は。地球では健康で幸福で平和な社会を実現するために、危険な衝動は虚構の世界で消費しましょうと残酷映像や奇怪な物語が隆盛。一方ヒュプナス星では地球の映像を衛星受信するのが流行し、地球製のホラー映画は刺激的だと熱烈なファンがつき。(ヒュプナス星人にとっては)刺激が強すぎてイカレたのが暴力事件を起こし、地球人の文化侵略ではないかと勘ぐったヒュプナス星当局は無差別殺人犯を地球へ島流しに。ところが一般の地球人はいたっておとなしいもので、記憶をなくしてしまったヒュプノス星人の殺人鬼はフツーの地球人にまぎれてフツーの生活を送っていたが。暴力事件に出くわしてはじめて自分が地球の強烈ホラー映画大好きスプラッタ殺人鬼であることを思い出すのである。「うわーオレ憧れの地球にいるよー。地球人ってやーらかくて切ると赤い血が飛び散るの。すげーんだよー」もうどうにもとまらない。道理でNORMANなんて名前も知ってるし、自分で演出もするわけです。つまらんことを書くのが気晴らしの今日この頃です。

UltrasevenX エピソード7

今回はまたえらく直球勝負なお話。あたしゃこうゆうラブアンドピースなお話に弱いんですよ。もしかして先週からギアチェンジしてたんですね。気が付かなくてすみません。できればもうちょっと滑らかにお願い(マニュアル車か)。

最初の勢いはどこへやら、なんだか弱いヴァイロ星人。生物機械兵器あるんなら最初から出せばと思ったが機械兵器もやっぱり弱い。名誉の仮面とか言ってないで鍛えなおしてくれば。

そこで閑話休題。わらわらと襲ってくる彼らは、実は裏切者を処刑するなどと思っているのではなく。「ナタル姐さん、戻ってくださいよ。オレタチだけで地球侵略なんて到底無理ですよ」「うるさいね、アタシは地球人にほれたんだ。出来るものなら力ずくで連れ戻してみなよ!」ぼかっ。で仕方なくヴァイロ星人はエージェントディのところへ「姐さんと別れてくださいよオレたち困るんですよ」「未練がましいなおまえら人の恋路をじゃますんなよ」ぼかっ。弱い工作員の悲哀を感じますね・・・。(作りすぎ)

一目ぼれなのも直球なのもあっさり進行する話もいいと思います。ナタルとディの恋愛話それだけってのがいいんですが、音を武器に使うヴァイロ星人が地球の音を好きになり、そのナタルの歌声が地球人をなごませるなんてのもね。ヴァイロ星人は音を扱うのが好きなんでしょう。争うときも楽しむときも使うのでしょう。

冒頭に借用した科白といい、ケイはいい役回りですね。最初は「宇宙人の目的なんて侵略以外にない」と言ってたのが「こんな風に共存できるようになるといいな」とまで言うようになりました。私が選ぶ今回の名科白は「立場上ソレはまずいだろう」。惚れちゃったらしょうがねーの裏返し。

一方ジンの「きっとそういう日が来る」は、彼の立場がわからないためにかつてのダンの同じ科白より格段に重みがない。登場人物に共感することで見る人に訴えかけるというより、美しい物語としてさらっと語って考えたい人は考えてね、という作りなのだろうと思ってますからまあいいですが。

中学生ぐらいの時見たら感動したかもしれない。でも中学生が見たら、「最後に出てくる赤い巨人は何の意味があるねん」。いろんな意味で「ウルトラセブン」だと思ってみると妙なことに疑問を持ってしまう。中途半端です。後半なんらかの結論が出るものと期待してはいるのですがはや7話。

しかしどうも引っかかるのが、ナタルが素顔をあらわしたのではなく地球人に擬態したように見えたことです。正体がレモジョ星系人のようなだったとしてもディが「歌に惚れた」かどうかと意地悪いことを考えてしまいます。どちらにしろ美人が歓迎されるのは宇宙の摂理のようです。やっぱりウルトラセブンだと思ってみると余計なことを考えてしまいます。

逆に見れば、ナタルは「本当の自分」がどうであるかなどおくびにも出さず、地球人好みの容姿に擬態し、地球人好みの音楽で友達を作り、自分が好きな地球で居心地よく暮らそうとしている。目的指向というか肝が座っているというか、感心するところではあります。このさきディは強気な彼女に振り回されるような気がしますが、それでも俺が守るというのであれば、それはそれで腹をくくった選択と言うべきなのかもしれません。この世界の人たちは、良くも悪くも決断が早いようで、今の「自分」や「自分の属する世界」に拘泥するのが幸福につながるのかどうか解らなくなってきました。まいったまいった。

UltrasevenX エピソード6

オーソドックスなSFのアイデアを世相を反映したお話にまとめている点では健闘していると思うが、どう考えてもウルトラセブンXが出てこなくても全然OKな話。SFを歌舞伎で演じましたみたいなモンで、SFをウルトラセブンで作りましたと考えるべきなのか。円谷特撮は伝統芸能かてなもんで(例がマズすぎ)。先週も来週もご活躍のようですから、がんばってメリハリつけてますってことでまあいいかな。

それはとにかく、お話のつくりがおおざっぱな感じがして気になります。今回は展開が単純で、その分カメラワークに凝ったりしてたのは面白かったです。でもこの話をこう綺麗にまとめていいのかなあって気がします。

「この命が続く限り宇宙の深淵を目指す勇気と探究心。それこそが知的生命としてのもっとも根源的な欲求なんじゃないのか。」とぶち上げるだけなら、子供の頃の夢を捨てて、諸般の事情でサラリーマンにならざるを得なかったタカオに共感もしようってものですが、それならその前の愚痴ってるシーンは不要でしょう。どうしても宇宙へ行きたい、たとえ宇宙人に利用される形であってもという切実さが薄まっちゃうんですよね。単に現実逃避なんじゃないのって。

まーお仕事の様子を見てると逃げ出したいかなって気もしますが。相変わらず「この世界」でも転職は難しいんですかね。それより、宇宙人の経営する会社はああゆう雰囲気で、地球人の経営する会社はこうゆう雰囲気だったりしたら、どうしますー?(考えすぎ)

記憶喪失のジンに子供の頃の夢を捨てた痛みがわかるのだろうか、それとも重く感じすぎてしまったがゆえのお見送りなのかとも思いましたが、これが、ウルトラセブンX=ジンが同一人格、かつ遠い宇宙からやってきた宇宙人だとはっきりしていたら、このシーンの重みも違ってきたかもしれない気がします。もしくはジンが記憶も生活もある地球人だってのでもいいし。要するに、シリーズの結末につながる導入時の設定がどうも今回の話とちぐはぐで、今回のような話を語りたいならもうすこしこだわってほしい部分が台無しになっているような気がする。好みの問題かもしれませんが、とても残念です。

ジンとエスの星空デート(違)。「過去の記憶がないんだって」って本人ぜんぜん悩んでないしもうほっとけば。「自分は本当は何者なのか。何か大切なモノを忘れている気がする。」記憶が普通にあってもそう感じてる人は大勢いそうな気がしますね。この辺は上手いと思うんですけどね。ジンがチョコレート手にもって喋ってるから溶けるんじゃないかと気になるよ。


後日の蛇足。
この話は「美しい話」ですが2話や4話と並列に語るときに、すべてを肯定的に描くのはちょっと違うのではないかと感じます。もしタカオが、宇宙の深遠に到達できる可能性もあり、道半ばで寿命が尽きて次の器に乗り換えられる可能性もあり、と覚悟して旅立っていくなら(たとえ動機が半ば現実逃避であっても)「美しい話」として受け入れられたと思います。結局私はこういう「うまい話」が信じられないのです。もしかするとある種の嫉妬かもしれません。まいったなあ。

UltrasevenX エピソード5

アルファケンタウリに宇宙人いるんですか。近すぎやしませんか。筆者「宇宙人は侵略者」と思ってますから、一人で戦々恐々ですよ。(アホ)

ひ弱な宇宙人がこの世界のルールに従って、正体を隠して生活する分には、DEUSも政治亡命を認めているらしい。体弱いのにバイト掛け持ちしないと生活できないの福祉政策まちがってるよとか文句を言い出したらほっとかないのであろう。きっちり居場所も通信も把握してるようだし。

「俺初めて宇宙人に同情しちゃったよ」とケイは相変わらずいい人っぷりを発揮している。コレばっかり言ってるような気がするが、ケイは物の見方が決まっているから変わることもあり、かたやジンはなにを考えてるのかよくわからない。

私の見方が間違ってるような気もするが、ジンはなにをどう考えたら「いい」のかわからないから結論を出さないし、そのときの感情で変身したりしてるけど、自分で意識しないなりにどう考えどう行動するかのパターンを持っていて、それが、どういう由来のものなのか、ケイと(あるいはこの世界の人と)違っていたりするのか、そのあたりのずれのような感じがもうちょっと出たらいいと思うんだけど。

ところでエスについては、前回有能なのかどうか判断に迷ったが、情報通ではあるらしい。見てれば判ることを毎回言うエレアも入れたら、女の子が情報を持ってる側にいて、男の子が走り回って気が付く側にいるらしいのが面白い。今回「オリファム」のありかを簡単に宇宙人に教えて持ち帰らせるあたり、DEUSは宇宙人の目的を知っていて、戦争には介入したくないが、亡命者をやっかいばらいしたいと思ってたのかもしれない。エスは情報量が多い分、知りたくないことも知っていて、ストレス解消にチョコレートばりばり食べてるわけだ。ほんとかな。

この結論を出さない感じとか、所詮は他人事みたいな描き方は割と好きだ。「すっげーかわいそーこんなのゆるせねー」とか「泣いちゃったよこーゆーのわかるよー」とかのお話作りはたまーにやればいいんだと思うし。毎回「あっさり話進行してるけどそれ放置していいのかー」って思うのが割と好き。

それで、きのどくを通り越して笑っちゃうひ弱な宇宙人は結構よかったが、怪しげに見えて何か企んでるんじゃないかと気になったのがちょっと余計だった。ウルトラセブンXに向かってにっこりするのが面白かった。この世界が平和なのはキミが暴力で守ってるからだったんだねー。別れ際にも「殲滅」なんてカゲキなことをぽろっと言っちゃって。今は平和でも、もし紛争になったらキミタチも同じことするよねー。

「平和」な社会の象徴がへべれけの酔っ払いといちゃつくカップルなのに笑った。ジンがじーっと見てるのでうらやましいのかなと思ったところへエレア姉さんが牽制するみたいに出てきたのでもっと笑った。「平和な社会に生きる喜びを表現しましょう」でさらに笑ったが、「感謝」と「表現」に忙しく、争う人を「愚か」と思っている人は争わないかもしれない。「平和な社会」を維持するためにこの世界が病んでいるのだとしたらどうだろう。もしそうだとしても施政者がそう考えているだけで、世界は二択で出来ているわけではないが。

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