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【ウルトラマンダイナ】 49話~最終回 感想

とうとうアスカともダイナともお別れの時が来てしまいました・・・。

最終章の3話は、物語としてよくできていたし、感動したけれど、やっぱりちょっと納得できないところがあります。それで、以下はかなり本筋と関係ないくだくだしい文章になることをお断りしておきます。ラストについてなにもしらない状態でみれば感想も変わってきたかもしれませんが、あいにく簡単な解釈は聞き知っております。生半可な知識で妙な解釈をする奴がいちばん困るのであります。自分としては最終回のレビューは感傷的で(あるいはティガ最終回に続いて逃げを打ったようで)いまいちなのでありますが、まあ、いまのところこういう感じでしか書けませんで。年明けたらもう一回ウルトラマンティガを見るかなあ。

49. 新たなる影
正体の知れないダイナの力に頼っている人間をなさけないと、人間の思い通りになる兵器としてのウルトラマンがほしいのだと言うゴンドウ参謀。自分が作ったから自分が制御できると、疑いなく信じているところがなんともいえない。マサキケイゴは、彼なりの善意にもとづいてウルトラマンになったにもかかわらず、意志どおりに力をつかうどころか、かえって自分の意識を見失ってしまったのではなかったのだろうか。ほかならぬダイナの力を自分のものにしているアスカの意識を制御に使ったからというのであれば、人造ウルトラマンがアスカの意志ではなく、ゴンドウの操作で行動するのはなぜだろう。もっとも、ティガとダイナは違う。明らかに違うのに世界設定がつながっているのがかえって奇妙な感じがするほどに。

人造ウルトラマンは私の危惧するような意味でゴンドウの制御を外れることはなかったが、まるでウルトラマンのゾンビのようでなんともあわれだ。人間の意志が乗りうつらなければこの世界のウルトラマンはただの石像なのだから仕方ないようなものだが・・・。アスカ(でも他の人でもいいのだが)という人間の個人と融合したのでなければウルトラマンとはこんなものなのか・・・。

といった設定の部分で引っかかってしまったが、筋書きとしては納得して見た。特に「最後まであきらめない」という信念で変身するアスカはさすがダイナになる人だけの事はある。最後までアスカを助けようとするリョウも、自分の志すところはなんだったのかを思い出してダイナを助けるゴンドウ参謀も、それぞれの信念がきっちりと行動になって、物語の骨子になっていたところはよかったと思います。

50. 太陽系消滅
「普通に家庭を持って、大切な人をいってらっしゃいと送り出すのが、実は子供の頃からの夢なの」のリョウの科白はいきなりで、「君だけを守りたい」の前振りだとしてもやや唐突だが・・・。アスカとリョウは相思相愛には見えないが、人と人との関係の恋人とか仲間とか友達とかにはっきりした境目があるわけではなく、「君だけを守りたい」というアスカと、リョウを撃てないカリヤやコウダとの間にもはっきりした境目があるわけではないのかもしれない。リョウ本人に関して言えば、もしウルトラマンダイナであるアスカ・シンを毎日「行ってらっしゃい」と送り出すとしたら、生半可な覚悟ではないような気もする。あるいは「ただの」冗談なのかもしれない。アスカがダイナだってことを知ってしまったから、自分の秘密もちょっと喋っちゃおうかな、というような。

人類のみならず、太陽系が滅亡しようかというときに君だけを守りたいと言うのは、まさに正義の味方の言葉なのだ。全体のために一人を見捨てるものは、いずれ目的のために多くのものを見捨てる。これは物語なのだからウルトラマンは一人を守り、人類を守り、正義を守らなければならない。その代わりに、彼はこの世界に生きながらえることはできないのだ。

「人としてできる事、それは自分自身で決めるしかないんだ」ティガのラストを見たときに、特に才能がない人間でもなにかできることはあるのだと思った、と書いたが、あまっちょろい感想だったかもしれない。ウルトラマンであるアスカの「できること」は限りなく重い。

51. 明日へ…
ダイナが「闇」に飲み込まれてしまうとは知っていたが、それでもあっけない最後という気がした。まあ、アスカ/ダイナが特攻したような表現になるよりはこのほうがよかったかもしれない。解釈をしないでそのまま見れば、アスカ/ダイナは死んだように見える。もし、スフィアの消滅でできたワームホールのようなものに飲み込まれてしまったのだとしても、二度と遭えない、存在もわからない以上、人間側からみたら死んだとおなじようなものだろう。「きっとかえってくる、またあえる」と思う気持ちはよくわかる。そう思うのがいいような気がする。カズマとシンが並んで飛ぶのも、いわば回想シーンのようなもので、思いの中にあり、希望の中にあればいいのだと思う。

 時間とか空間とかを越えたような場所で、
 今でも大好きな空を飛び続けているんじゃないかって。
 (それは彼岸のことではないのだろうか…。)

アスカはさいごまであきらめないし、逃げもしない。だからウルトラマンなのだというのはよくわかる。でも、さいごまであきらめず、逃げもしなかったけれど、何を成し遂げることもなく死んでいった人間がたくさんいるのだと思う。成さなかったからどうだとか言いたいのではない。人はがんばって生きて死ぬのだ。たとえウルトラマンの力があろうがなかろうが。それをどう思うかは親しい人たちの問題であり、もしそれを私たちが知ることができたら、私たちもその思いや希望を共有することは出来るかもしれないが、それだけだ。

結局ウルトラマンが何者でアスカがどうなったのかといったようなことは、私には荷の重い疑問なのかもしれない。あるいはあいまいなままのほうがいいのかもしれない。アスカはきっと生きているのだ。そしていつかまたあえるのだ。

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コメント

通りすがりのウルトラニャ(自粛)…アスカは生きてます。
15年後、ヒビキ隊長、ではなく、ヒビキTPC総監が
「今日は、15回目の『アスカ記念日』です」と。その世界に、
アスカからのメッセージが届いています。

…ちなみに「ウルトラマンサーガ」の話です。

詳細は割愛します。観ておられたら釈迦に説法、
観られてなかったらネタバレですからね。

「ウルトラマンサーガ」見ました。
最終回を見たときは、このラストで、後の作品でアスカが「実は生きていました」的な再登場をしたら、ちょっと辛いものがあるなあと思っていました。

「ウルトラ8兄弟」や「大怪獣バトル」にも出ているので、なんでもありっちゃありなんですが。

「サーガ」では「アスカこんなところにいたんだ。やっぱりがんばってるんだ」と思える展開でよかったです。

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